こんにちは。双子育児に奮闘中の「はづきママ」です。

双子のNICU入院をきっかけに搾乳を始めて、最初の関門は「搾乳機をどう用意するか」でした。我が家の搾乳機の借り方・選び方は別の記事にまとめています。

次にやってくるのが「搾乳した母乳を、どうやってNICUに届けるか」という物流の話です。我が家は、自宅で搾乳して冷凍し、面会のたびに病院へ持参していました。

この記事では、フリーザーバッグの使い方、運搬の段取り、続けるための工夫を、できるだけ正直に書きます。

**※大事な前提:**保管・運搬の方法は、必ず病院や助産師さんの指示に従ってください。「届けないといけない」記事ではありません。会いに行けない日も、ミルクで補う選択も、どちらも子どもにとって大切な選択肢です。

NICUに母乳を届けるって、どういうこと?

NICUは24時間体制で赤ちゃんをケアしてくれる場所です。親が常時いるわけではなく、面会で通う形になります。

我が家がお世話になった病院は、面会は24時間OK、「来れるだけ来てください」と言ってもらえる方針でした。「いつ・誰が・どう動くか」を毎日その都度決めていく感じで、母乳を届けるのも、面会のタイミングに合わせていました。

我が家は少し特殊で、兄は施設内に直接通って母乳を飲ませる形でした。弟は搾乳ミルクで管理してもらっていたので、自宅で搾乳→冷凍→持参のサイクルは主に弟の分です。

ただ、母乳を持参するかどうかは家庭ごとの状況や病院の方針で違います。「届けることが当たり前」ではなく「届けられる人は届ける」というスタンスでよかった、と今振り返って感じています。

我が家の運搬方法(フリーザーバッグ・保冷剤・運搬バッグ)

搾乳した母乳は、市販の母乳保存パック(フリーザーバッグ)に入れて冷凍していました。

代表的なメーカーとしては、ピジョン・カネソン・メデラなどが知られています。薬局や赤ちゃん本舗で取り扱いがあって、入手しやすい商品が中心です。我が家が使った具体的なメーカーは記録に残していないので、ここでは商品名の評価は控えます。

冷凍した母乳を病院へ運ぶときは、保冷剤と一緒にクーラーバッグに入れて持参しました。家から病院までの距離・所要時間は家庭によって違うので、最大限の保冷ができるように、保冷剤は複数準備して、隙間を作らないように詰めていました。

状況によっては運搬時間が長くなることもあります。保冷剤の量を増やしたり、バッグの密閉性を意識したり、その時その時で工夫していました。完璧を目指すというより、「今日できる最善」を毎回更新するイメージでした。

1日のスケジュール:搾乳 → 冷凍 → NICUへ

朝起きて搾乳して、冷凍庫に保管。3〜4時間ごとに次の搾乳のタイミングが来て、また搾乳して保管…のサイクル。これを1日繰り返していました。

窓辺で搾乳機を使う茶髪ボブ・薄ピンクのママ・水彩イラスト

面会日になると、冷凍したパックを取り出してクーラーバッグに移します。そのまま病院へ持参して、NICUの看護師さんに渡す。帰宅後、また自宅で搾乳のサイクルが始まる。文字にするとシンプルですが、産後の体でこれを回すのは、思っていたより体力勝負でした。

夜中はお兄ちゃんが直接母乳を飲んでくれたので、その時間帯の搾乳はせずに済みました。これは双子で「兄は直母・弟は搾乳ミルク」と担当が分かれていたからこその運用です。一人の赤ちゃんのために搾乳する場合は、また違うリズムになると思います。

NICUに通う頻度と、母乳を届けるリズム

我が家の場合、NICUへの通い方はパパとシフトを組むようなスタイルでした。

パパは出産当日(6/24)から面会してくれていて、ママは翌日から、帝王切開翌日に車椅子で通い始めました。「24時間いつでも」「来れるだけ来てください」と言ってもらえる病院だったので、毎日の動き方を縛り過ぎず、状況に合わせて決めていけたのが助かりました。

母乳を届けるリズムも、面会のタイミングに合わせる形です。毎日決まった時間に必ず届ける、という縛りはなく、面会する人がそのタイミングで届けに行きました。

この運用は病院の方針で大きく変わるところです。我が家の病院が柔軟だったから成立しました。もっと面会時間や持参方法が決まっている病院もあるので、自分の通う病院のルールを最初に確認するのがいちばん安心だと思います。

運搬中に気をつけていたこと(衛生・温度・量の管理)

ここはいちばん大事な話です。

**※最重要:**母乳の保管温度・解凍方法・使用期限・取り扱い方法は、必ず病院や助産師さんの指示に従ってください。ネットや一般情報を参考にするよりも、自分の赤ちゃんを担当してくれる医療チームの指示が常に優先です。母乳は赤ちゃんが口にするものなので、衛生管理は妥協できません。我が家のやり方は「真似してほしい運用」ではなく、あくまで一例として記録しているものです。

その前提で、我が家が意識していたことを正直に書きます。

まず、フリーザーバッグには搾乳した日付と量を必ず書いていました。古いものから順に使ってもらえるよう、日付の管理は徹底していました。

運搬時の保冷については、保冷剤を多めに使って、運搬中に冷凍状態が保たれるよう意識していました。クーラーバッグの中で、母乳パックが直接保冷剤に触れる位置にくるよう、詰め方も工夫していました。

それでも、「これで完璧」という最終判断は、私の側ではしませんでした。受け取ってくれる看護師さんが「ここまでが使える」「ここからは廃棄」を判断してくれる、その仕組みに乗っかる感覚でいました。自分で全部判断しようとしないこと。これがいちばんの安心材料でした。

通うことの大変さ(物理的・精神的な負担)

正直に書きます。NICU通いは、想像していたよりずっと体力的に厳しかったです。

帝王切開の翌日、私は点滴バーにつかまらないと立てない状態でした。そこから少しずつ動けるようになって、車椅子でNICUに通い始めるわけですが、産後の体で病院を移動するのは、それだけで一仕事です。退院後も、傷の痛みは数日では完全には消えませんでした。

それでも会いに行きたい。NICUにいる2人に、少しでも顔を見せたい・触れたい・声を聞かせたい。「行きたい」と「体がしんどい」の両方が常にせめぎ合っている時期でした。

我が家を救ってくれたのは、パパが約1年9ヶ月の育休を取ってくれていたことです。出産当日から面会に通ってくれて、退院後はシフトを組んで交代で通えました。「全部一人でやらない」を最初から選べたのは、本当に恵まれた状況だったと思います。

そして大事なことなので書いておきます。会いに行きたくても行けない日もありました。体がついていかない日、気持ちが追いつかない日、そういう日があるのは当たり前です。届けたい日に届けられなかったとしても、それは責められることではありません。

続けられた理由

振り返って、なぜ続けられたかを考えると、3つあると思います。

ひとつめは、パパとの担当制と運搬のシフト分担。「弟は搾乳ミルク担当のパパが届ける」と分けることで、母乳を届ける役を一人で抱え込まずに済みました。

ふたつめは、助産師さん・看護師さんからのサポート。「5滴でもすごい」「持ってきてくれてありがとう」と声をかけてもらえたことが、続ける力になりました。プロが「大丈夫」と言ってくれる場所があるのは、本当に大きかったです。

**みっつめは、「NICUにいる2人に免疫を届けたい」という気持ち。**小さく生まれた2人に、できることがあるなら届けたい。その気持ちが、しんどい日でも続けるエネルギーになっていました。

ただし、これは「届けることが正解だった」という話ではありません。届けることが我が家のやり方だったというだけです。ミルクで補う選択も、混合の選択も、どれも子どもへの愛情の形に変わりはありません。

これから始める人へ・無理しないで

最後に、これからNICUへ母乳を届けようとしている方に伝えたいことを。

通えない日があってもいい。届けられない日があってもいい。搾乳量が思うように出ない日があってもいい。

体が辛いとき、気持ちが追いつかないとき、ミルクで補ってもらうのは何も悪いことではありません。むしろ、自分を守ることが、結果的に長く続けることにつながります。

そして、何か不安があれば、必ず病院や助産師さんに正直に相談してください。「届けるのがつらい」「搾乳が苦しい」と伝えていいんです。プロの方は、それを判断材料に、最適なやり方を一緒に考えてくれます。

完璧な届け手にならなくていい。あなたが無理せず続けられる範囲が、いちばん正しいやり方です。

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